緩和ケア病棟の特徴②〜できないことはある〜
前回の記事では、緩和ケア病棟がどんなところなのかについて解説しました。内容としては、いろいろな緩和ケア病棟のホームページに書いてあるような、一般的な事柄を中心にしました。

今回の記事では、”緩和ケア病棟にも限界はいろいろある”ということについてお話ししたいと思います。あまり触れられることが少ない内容でしょうし、ネガティブに感じる人も多いかもしれません。しかし、利用される方にとって都合が悪い側面も伝えることは、緩和ケアに携わる者として誠実な姿勢だと私は思っています。
実際に緩和ケア病棟で勤務している者だからこそ言える、リアルな実態について解説します!
入りたい時になかなか入れない
緩和ケア病棟への登録が済んでいても病棟が満床だったり、同じように入院を待っている患者さんが何人もいる場合、すぐには入れません。
入院を待っている患者さんが複数名いる場合、誰から入院を案内するのかは緩和ケア病棟により異なります。必ずしも、一番長く待っている患者さんから入院を案内されるわけではありません。
1週間入院を待っているけれども全身状態が比較的安定しており症状がそこまで強くない患者さんと、今日緩和ケア病棟への登録がされたばかりだけれども症状が強いなど緊急性がある患者さんがいたならば、後者を先に緩和ケア病棟に案内することはあり得るということです。

緩和ケア病棟へ入れるかどうかは、正直なところタイミング次第という面があります。
がんの進行があまりにも早いケースがあることを緩和ケア病棟のスタッフはよく心得ていますので、そのような場合は病棟スタッフ側も入院前の面談と登録を早めに行い、速やかに入院できるよう努めるところが多いと思います。
それでも、緩和ケア病棟への入院を待っている間に病状がどんどん悪化し、余命数日と考えられるため入院がキャンセルされる、あるいは入院の前に息を引き取ってしまう、ということは起こりえます。その一方で、トントン拍子で緩和ケア病棟に入れる方もいらっしゃったりします。
”緩和ケア病棟はいつも混んでいる、すぐに入れたら運が良い”と思っておく方が良いでしょう。
がんとAIDS以外の人は入れない
これは前回の記事でも述べましたが、日本の緩和ケア病棟はがん、もしくはAIDSの診断がされていなければ、病院経営の点でメリットが全くないために事実上入院させられないのです。
WHO(世界保健機関)は、緩和ケアは”生命を脅かす疾患”に対して提供されるべきものと定義しており、がんとAIDSに疾患を限定しているわけではありません。日本の緩和ケアはがん医療とともに発展してきた歴史的な経緯があるため、がん以外の疾患への緩和ケアの提供はほとんど進展していない現状があります。
ただし、緩和ケアに携わる者はこの点についてよく認識しており、徐々にではありますががん以外の病気へも緩和ケアは広がっていく方向です。

緩和ケア病棟で働いていると”がんではないんですが受け入れてもらえませんか?”という依頼をいただくことがあります。症状緩和などで困っているのに緩和ケア病棟には入れないことに、私はいつももどかしさを感じます。
全員が十分な時間を過ごせるわけではない
緩和ケア病棟に入院することが決まり、ご本人もご家族も「緩和ケア病棟に来て残りの1〜2ヶ月穏やかに過ごそう」と思う方は多くいらっしゃいます。しかし実際に入院したら、その翌日にご本人の状態が急変し数日で息を引き取ってしまい、ご家族が非常に落胆される方がいらっしゃいます。
がんが進むと、予測できないような急変で最期を迎える方が一定数いらっしゃるのは事実です。せっかく緩和ケア病棟にお越しいただいても、思い描いていたような時間が過ごせずに旅立たれると、私たち病棟スタッフも「本当に緩和ケア病棟に来たことが良かったのだろうか?」と、心にモヤモヤした気持ちが残ることはあります。
容易なことでないことを承知で言いますが、「最善(=思い描いている理想)を期待し、最悪(=理想とはほど遠い現実)に備える」という心構えが、ご家族には求められます。
症状がなかなか和らがないこともある
緩和ケアの概念では苦痛の軽減は最重要項目のひとつですが、現代の苦痛緩和の技術を持ってしても取りきれない苦痛は存在します。目が覚めている時間は常に強い苦痛を感じる状態であり、良い時間を過ごせないということも起こりえます。痛み、息苦しさ、頭の混乱などの症状は、時として緩和ケアの専門家でも和らげることが難しいほど強い苦痛になることがあります。
苦痛症状を和らげる治療を十分行なっても取りきれない強い苦痛に対しては、睡眠薬を日中も使用し眠って過ごす方法があります。これは鎮静という苦痛緩和の方法の一つで、これについては後日別の記事で解説したいと思います。
緩和ケア病棟では苦痛を和らげる手段や方法はいろいろありますが、すべての苦痛を患者さんやご家族が満足できるレベルまで和らげられるわけではないことは理解しておきましょう。
すべての願いを叶えられるわけではない
緩和ケア病棟では基本的に患者さんの個別性を重視した対応を心がけています。しかし、そのような緩和ケア病棟であっても、できないことはあります。
個別性と同時に、患者さん同士の公平性を保つことにも注意を払っています。そして、この個別性と公平性は、多くの場合トレードオフの関係にあります。個別性の重視は一見すると素晴らしいように見えますが、偏りすぎると患者さんやそのご家族から(時には病棟スタッフからも)「あの患者さんの場合は良かったのに、なぜ私の場合はダメなんだ!」と不満の声が届きます。かといって全員同じ対応に偏りすぎると、今度は「柔軟に対応してくれない」ことが不満の原因になります。この個別性と公平性のバランスを匙加減することは、緩和ケア病棟を運用する側の目線で言えばいつも悩ましいことの一つです。
要望の多い患者さんがいた場合、病棟スタッフはその患者さんに費やす時間も当然長くなります。それは同時に、他の患者さんに対応する時間を奪っていることを意味します。また、いろいろな患者さんの好みやルーチンをできる限り尊重し、すべてのスタッフで共有して間違えずに対応するというのは、決して簡単なことではありません。
患者さんがナースコールをした場合、緩和ケア病棟ではあまりお待たせせずに対応してくれるところは多いと思います。しかし、夜勤帯で看護師が2名しかいない時に3名以上の患者さんがナースコールしたら、どうやっても誰か1名はお待ちいただくことになります。そのような状況で患者さんやご家族から”ナースコールしたのにすぐに対応してくれない!”と言われても、スタッフとしてはどうすることもできないのです。
緩和ケア病棟は病院として守らなければならない決まりがあるので、何でもかんでも患者さんやご家族の自由にできるわけではありません。緩和ケア病棟で最低限守らなければならないルールでさえも束縛感を感じてしまうのなら、療養場所は自宅しかないでしょう。緩和ケア病棟は、あくまで過ごす場所の一つに過ぎません。
終末期では、優先順位をつけなければならない事態に数多く直面することになります。動くと息が苦しくなるけどトイレに行くのか、それともおしっこの管を入れてトイレに行かなくても良いようにするのか。自由に過ごせるけど医療者がいつもいるわけではない自宅で過ごすのか、自由さは少し無くなるけど医療者が近くにいる緩和ケア病棟を選ぶのか。などなど、挙げたらキリがありません。

私の高校時代の担任の先生の
「選択とは、捨てることである」
という言葉を、私は今でも忘れられません。
ただ、選択しなければならない場面で決められないのは、非常に人間臭い営みだと私は思います。そのような人間臭さに触れられるのが、緩和ケア医の醍醐味の一つだと私は思っています。
まとめ
いかがでしたか?
緩和ケア病棟は決して夢のような場所ではなく、国の医療制度、人員、医学・医療、病院経営など様々なことにより、数多くの限界がある場所です。
今回の記事ではそのような部分にスポットを当て、解説しました。緩和ケア病棟について表立って語られることが少ない内容が多かったと思いますが、より立体感のある緩和ケア病棟の理解につながったのではないでしょうか。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!